僕が一人暮らししていた頃にハマっていたこと。恥ずかしながらパチンコです。
あれは今から13年前か。
就職した事をきっかけに一人暮らしを始めた。
始めはもうわくわくが止まらなくて、毎日家具や家電なんかを探しに出かけたもんだ。
自炊も頑張った。
料理は比較的得意なほうだったから苦じゃなかった。
掃除や洗濯は苦手だったけど、まぁ頑張った。
僕には自分で言うのもなんだが意外にしっかりしてる一面もあって、貯金なんかは毎月ちゃんとやっていた。
当時は月2万くらいかな。
ボーナスはほとんど貯金してたと思う。
そんなこんなで一人暮らしはお金はなくても充実していた。
一人暮らしを始めて2年ほど過ぎたある快晴の日のこと。
僕は先輩に誘われてパチンコに行った。
始めて行ったパチンコ屋はなんだかタバコ臭くてガチャガチャうるさい場所だった。
みんな盤面に向かって無表情でひたすら玉を弾いている。
中には今にも逝きそうな年寄りだっている。
こんなにいい天気なのにタバコ臭いところにたむろして何が面白いんだってのが最初の感想。
ま、せっかく来たし、社会勉強のつもりで先輩に言われるままに席に座ってお札を入れる。
すると玉がコロコロ出てきた。
あとは右側にあるハンドルをひねれば玉が盤面の中に打ち出される。
たまに中央下付近に設置されたヘソに玉が入り、液晶の数字が回る。
とりあえず最初の千円は何も起こらない。
なんだこりゃ。クソつまんない。
最初は誰もがそう思うんだろう。
先輩に励まされながら次々とお札を投入する。
始めての大当たり。
あっという間に1万円を使い切ろうとしたその時だった。
なんだか派手めな演出。
明らかにこれまでとは違う。
すると、液晶内の数字が揃う。
やったー!!
そこは素直に嬉しかった。
ビギナーズラックってやつか。
店内にもファンファーレが流れ、自分の台の大当たりをおめでとうとお祝いしてくれる。
なんだか戦いにでも勝ったかのような高揚感。
始めは当たった意味なんてわからず、これになんの価値があるんだ?って思っていた。
玉はどんどん増えていく。
ただただハンドルを握っているだけなのに。
ひととおり楽しんだところで換金に向かう。
楽しんだ?
そう。その時僕は間違いなく楽しんでいた。
楽して大金を手にする。
換金して得たお金は7万円だった。
1万円がただ座ってハンドルを握っていただけで7万円になった。
浮かれた。
その日はあまりの嬉しさに寝付けなかった。
毎月苦労して貯めていた三ヶ月分ほどのお金ほたった数時間で手にした。
次の日、僕は先輩と一緒にスロットを打った。
結果、1日で万枚を達成した。
この出来事は僕をパチンコの道に進ませるには十分すぎた。
パチンコに抵抗がなくなる。しかし、、、
そらから毎日のようにパチンコ屋に通うようになった。
すぐに一人で行くことにも慣れた。
ただ、そんな奇跡的な勝ちは続かない。
2日で稼いだ30万円の大金は一瞬で消え去った。
そのお金では何も買っていない。
コンビニでちょっといい弁当を買ったくらい。
金は尽きた。
でも、また行けば勝てるんじゃないかっていうポジティブなイメージがどこからか湧いてくる。
でもお金がない。
貯金をちょっとだけ下ろすか。
勝って戻せばいいし。
とうとう僕は貯金に手をつけた。
当然そううまくはいかない。
ちょっと勝っても30万円持っていたというイメージが消えない。
どうしても30万円を目標にしてしまう。
やめればいいものを、またパチンコ屋に向かう。
そんな日々を5年くらい続けたか。
当然貯金は使い果たした。
気づけば借金まであった。
月々の返済に追われていた。
そんな僕を見かねた両親が半ば強引に実家に連れ戻した。
そして両親の監視下に置かれ、今まで払っていた家賃を借金の返済に充てた。
自分はなんて愚かなんだと当時はものすごく反省して、親に感謝しながらパチンコをやめた。
ギャンブル依存性の怖いところは依存力がハンパないところ。
あらからもぉかなりの年数が経つ。
借金もなくなり、だいぶ心に余裕ができたと思う。
もぉ絶対パチンコにはいかない。
そぉ心に誓っている。
が、勝つときのイメージが頭から離れない。
実は月に数回今でも行ってしまう。
前ほどの依存感はなくなったものの、無性に行きたくなるときが今でもあるのだ。
ギャンブル依存性とはここまでしつこく、依存性が高い病気なのだ。
正直、一人暮らしにいい思い出なんかない。
パチンコを覚えてパチンコのためにお金を使っていた時期に相当するからだ。
あの貴重な若い時間を、もっと自分の成長のために有意義に過ごせていたら。
そしたら今の自分はもっと違っていたのかもしれない。
後悔しても時間は戻らない。